【雑談】位置情報共有アプリ
みなさん、こんにちは!進学塾ライトアップ、代表の西川です。
6/6火より7/8土まで教室は毎日開けております。開館時間はすでに生徒の皆さんには伝達済みです。頑張りましょう!
まずはお知らせから。6/10土から数年ぶりに商店街で「土曜夜店(どようよみせ)」が復活します!
コロナが流行してから行われなくなっていた夜店が、ついに戻ってきます!うちの塾が商店街の中に移転してから、ずーっとコロナ禍でしたので、初めての土曜夜店・・・何かトラブルが起きてしまわないかと少し不安もあります。
普段よりも道路が混雑している可能性がありますので、生徒の皆さんはトラブルに巻き込まれないように気を付けつつ、お家の方から許可をもらっているならば、塾の行き帰りにでもお祭を楽しんでください。
(※推奨している訳ではありません。ご家庭の判断にお任せします。勉強ももちろん大切ですが、ぜひ生徒のみなさんはせっかく尾道の商店街の中にある塾に通っているんですから、風物詩を楽しんでもらうのもいいのかなと思わなくもないです。)
さて、お子さんが塾の行き帰りに寄り道していないかどうか気になる保護者の方にとっては、本日ご紹介するアプリに関しては、何か助けになるかもしれません。
みなさんは、「位置情報共有アプリ」というものを利用していますか?
先日、とある高校生の生徒さんが自習に来ていたときに、「週末は友達を誘ってどっか遊びに行かないの?」と聞いたところ、「あいつ、今関東にいるんで、遊べないんですよ。」と帰ってきました。話を聞くと、友達数人のグループで「位置情報共有アプリ」を使っているため、誰がどこにいるのかが、完全に分かっているというんです。だから、今家にいるから誘えそうなのか、塾や図書館にいそうだからやめておくべきなのか、相手がどういうルートを通って現在地まで向かったのか、そういうのもわかるそうです。
友達同士でお互いに自分の位置を共有し合っているというのは、私は経験したことがないことだったので、少し驚きました。
そんな話を聞いた後で、同じような内容のネット記事を見つけました。
「あの子、また家にいるよ」24時間、365日位置情報をさらし続ける子供たちの、大人にはわからない視点。
「今どこにいるのかを説明するのが苦手だから、位置情報アプリで共有する」という子たちもいるようですね。確かに、口で説明するよりも「じゃあアプリを開いて、自分で(私がどこにいるのか)調べて。」となったら、楽ではありますね。ただ、そうなると自分の伝えたい情報を相手に伝えるためのコミュニケーション能力が、説明をする必要がなくなったことでどんどん衰えていくかもしれませんね。
また、この位置情報共有アプリ特有のトラブルとしては、「4人のグループで3人で遊んでいるのが分かると、残った1人は仲間外れにされたような感覚になって辛い」などというのもあるようですね。昔なら、いつ誰がどこで一緒に遊んでいるかなんて、連絡を取らなければ分からないことですから、こんな気持ちになることはなかったはずです。
どこに誰がいるかを常に知ることが出来て、逆に自分がどこにいるのか、誰といるのかをグループ内の全員が知れる状態でいて・・・、これが現代のコミュニケーションのようですね。
そう考えると、昔は「奥ゆかしい」時代でした。
私が高校生の頃は、すでに携帯電話はかなり普及していましたが、まだ私は持っていませんでした。だから、友達と遊ぶ場合は、学校から支給された連絡簿を確認しながら、高校の寮にある公衆電話から友達の家の電話へと電話をかけ、「明日の〇時に〇〇駅の△△に集合ね。」などと連絡をとって、ちゃんと時間通りに待ち合わせをしなければいけませんでした。これがなかなか大変で、こちらが時間に遅れそうならソワソワしながら電車に乗っていたし、逆に時間になっても相手が来なければ「どうしたんだろう?」と心配して、周りをキョロキョロしたりしたものでした。
今はSNSで連絡を取れば「今、〇〇駅で電車から降りた!」などと伝えることも出来ますし、位置情報共有アプリがあれば、そんな連絡が無くても、相手が今どこにいるのかが分かります。そして、どうしても他の人に自分の位置を知られたくないときは、相手に知られない様に通知をOFFにする機能もあるようです。
生徒さんたち1人1人に確認をした訳ではありませんが、こういう機能、家族や友達で利用している人も多いのだろうなと思います。
実際、私も家族で位置情報共有アプリを利用しています。
最初は「ずっと監視されているのも、なんだか嫌だな」と思うこともありました。
しかし、このアプリを上手く使えば、あと何分くらいで帰ってくるのか、あと何分でお迎えがくるのか、そこから逆算して色々なことが出来ます。慣れてしまえば、その便利さに色々と助けられています。
「監視社会」について考えてみましょう。
さて、このままだと大して中身のないブログになってしまうので、少し「監視社会」というものについて話をしてみたいと思います。
自分の行動が誰かに監視されている、そんなテーマを題材にしたものを2つ紹介します。
まず1つ目は、功利主義哲学者のベンサムが提唱した刑務所「パノプティコン」です。
(ウィキペディアより引用)
これだけだと分かりにくいので、少し補足すると、このパノプティコンという刑務所は、ドーナツ型をした刑務所で、囚人たちはドーナツ型の刑務所の小分けにされた独房で生活していて、それを監視するための監視塔が真ん中にあります。囚人たちが住む独房には常に明かりがついており、逆に監視塔は暗くなっていて、囚人たちからは監視塔の様子を見ることが出来ません。
つまり、囚人たちにとって、「自分は見られている」けれど、「相手のことは見えない」という状態を作り出しています。こうすることで、いつ見られているか分からない囚人たちは、いつ見られてもいいように普段の行動を正すようになる、と考えられました。
位置情報アプリに関しても同じことが言えるのかもしれません。私個人的には、位置情報アプリを起動する時間はそこまで長くないので、自分が家族の「監視役」でいるという意識はそこまでない一方で、もしかしたら今この瞬間も家族に位置情報を見られているかもしれない、と思うと「仕事が終わった後にこっそりコンビニに行って、夜食を買っちゃおうかな・・・。けど、夜食を買っているのがバレたら、小言言われちゃうしな・・・」となって、夜の食べすぎの「抑止力」になっています。笑
もしかしたら、今の若者たちも、位置情報共有アプリを使うことで、時には監視役となり、時には囚人役となることで、誠実な対応が出来るようになっているかもしれませんね。
そして、もう1つ取り上げたいのが1949年に出版されたジョージ・オーウェルの予言的な小説『1984』です。
お話の舞台は架空の国で、その国には「ビッグ・ブラザー」と呼ばれる独裁者がいます。彼は、モニターで国民の生活を常に監視しています。主人公は、ビッグ・ブラザーによって禁止されていた「日記を書く」という行為がバレてしまい、拷問を受け、最終的には洗脳されてしまいます。
この話は、思想・良心の自由や表現の自由を統制する国家、徹底した監視社会の国家、そして国家によって自由を奪われる国民というものが描かれています。70年以上前に書かれた小説が、現代の監視社会を予言したような作品であると言われています。
今、街中に監視カメラが設置されています。
刑事ドラマにもよく登場しますが、犯罪者が車で逃走すれば、高速道路のNシステムが検知し、犯人の足取りをどこまでも追いかけます。
公共機関では、顔認証システムが使われていて、たとえマスクをしていようが誰がどんな行動をしているかが分かるのだそうです。
一般人のスマホやパソコンのカメラやマイクから拾った情報は、政府がこっそりデータを抜いているかもしれないそうで、実際にアメリカではそのようなことが行われていたようです。
TikTokも中国政府がこっそりと情報を抜き取っているのではないかという疑惑があり、アプリの仕様が規制されようとしている国・地域もあるようですね。
数年前、テレビ局が政権を批判するような番組を作らないように忖度(そんたく)をしていたという話もあります。その原因になっているのが「放送法」という法律であるとか・・・。だから、私たちがテレビから受け取る情報は、ある特定の政党に肩入れしたような都合の良い情報だったのかもしれません。
もしかしたら、この位置情報アプリも何かに利用されているかも・・・。もしそうだとしたら、皆さんは使用を控えますか?気にするべきは犯罪者くらいなんだから、やましいことが無いならどんどん使えばいいと考えますか?そもそも、私が書いたような話はデマでしょうか? ぜひ、色々と考えてみてください。
ということで、少しだけ話を広げてみました。
生活をよくするために便利なものは上手く利用しつつ、その便利なものに潜んでいるかもしれない「可能性」を考えてみるのも良いと思います。もしかしたら、位置情報共有アプリによって、どの時間帯にどこでモノを売ればもうかるのかなどが、データとして集められ、みなさんは本来は必要のなかったものを買わされている・・・そんな時代が来るかもしれませんし、誰かに自分の行動パターンを監視されているかもしれません。