【国語】問題文の先にある「知恵」と、私たちが本当に育てたい「切り抜ける力」
みなさん、こんにちは!進学塾ライトアップ、代表の西川です。
7/19, 7/20はお休みで、7/21から夏期講習スタートです!
コツコツと自習に来て、夏休みの宿題を頑張ってくれている生徒さんがちらほらと出始めています。私が以前勤めていた塾では「言語道断」をもじって、「盆後道断」なんて言葉がありました。「お盆休み明けまで学校の夏休みの宿題を残してはならない!」みたいな意味ですが、うちの塾では例年、宿題に取り組むのが早い生徒さんだと、自由研究や日記的なもの以外は全部終わったという生徒さんがそろそろ出始めるころです。・・・え?まだ夏休み始まったばかり?3連休は家族旅行に行ってた?
そんな中で、宿題を終わらせてくれる生徒さんもいるんです。さて、今年はどうでしょうか?笑
そして今回は久しぶり?に国語の授業についての雑談です。みなさんは、「国語の授業」にどのようなイメージを持っていますでしょうか。 「漢字の暗記」「接続詞の穴埋め」「選択肢の絞り込み」……確かにこれらはテストで点数を取るために欠かせない技術です。
しかし、国語の授業でさまざまな文章を読んでいると、「解くだけではもったいない!」と心から震えるほど、面白い文章に出会うことがあります。
今回は、最近授業で扱ったいくつかの文章をご紹介しながら、国語という教科が持つ本当の魅力、そして私たちが授業を通じて生徒たちに伝えたいことについてお話しします。
① 50年先の未来を予言していた「知の巨人」——梅原猛
授業で取り扱った哲学者・梅原猛(うめはらたけし)さんの評論文に、非常に興味深い記述がありました。
「機械がどんどん進化していくことによって、人間の『努力』や『誠実さ』といった旧来の価値観は薄れていく。代わりに、『自由であること』にどんどん価値が付与されていく」
現代は、YouTuberなどのネット配信者やプロゲーマーが大きな注目を集め、自分の好きなこと、自由な活動を通じて多くのお金や支持を集める時代です。まさに梅原さんの言葉通りではないでしょうか。
しかし驚くべきは、この文章が書かれたのがなんと「50年以上も前」だったということです。インターネットもスマホもない時代に、これほど正確に現代の空気感を読み解いていた先見の明には、ただただ感心するばかりです。過去の知の巨人たちが遺した言葉は、今を生きる私たちの行く先を照らしてくれています。
梅原猛さんだけでなく、小林秀雄や鷲田清一など、大学入試の評論文でもよく目にするような知の巨人たちがいます。最初は文章が難しくて何が書かれているのか分からないかもしれませんが、辞書を引いたり、仲間たちや親御さんたちとお互いに「こういう意味かな?」と考えたり、そういった経験が貴重な財産になるでしょう。
② 90年の時を超えて、変わらない「母の想い」——森田たま『もめん随筆』
もう一つ、授業で扱ったのが森田たまさんの『もめん随筆』です。 これは今からちょうど90年前、二・二六事件が起きた激動の年である1936(昭和11)年に書かれた作品です。
当時の社会情勢や人々の暮らしは、今の日本とは何もかも違います。しかし、文章の中に描かれている「子育てを通じて、なんとか『生きなければならない』と自らの命をつなぎとめている姿」に、胸が熱くなりました。
当時の様子が知りたくて、毎日新聞の縮刷版で当時の新聞記事を眺めていたのですが、1935年に、日本初の女性アナウンサーだった43歳の女性が、「3人の子どもの子育てが終わり私は役目を果たしたから死ぬ。死体は見つからないから探さないで。」と遺書を残して失踪したという記事を見つけました。このニュースを森田さんが知っていたのかどうかはわかりませんが、当時の多くの女性にとって、「子どもを一人前にすること」が「生きる意味」と同義だったのでしょう。
どれだけ時代が変わろうとも、わが子の存在を自分が生きていく拠り所とする——。人間の根っこにある「母性」は、90年前も今も、何も変わらず通底しているのだと改めて気づかされます。
③ テストの点数だけが成果じゃない——森毅が説く「切り抜ける力」
数学者であり、ユニークな教育論でも知られる森毅(もりつよし)さんの文章は、指導者である私自身の胸に深く突き刺さりました。
森さんは、「勉強で大切なのは、すらすら解ける力(学力)だけではなく、間違ったり、つまずいたりした時に、それでもなんとか『切り抜ける力』である」と力説しています。
この言葉に出会ってから、私はテストの点数や偏差値の良し悪しだけで生徒の成果を測ることに、強い疑問を抱くようになりました。
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勉強が得意な子: 最初から解けてしまうため、この「切り抜ける力」をなかなか使う機会がありません。だからこそ、さらにレベルの高い問題に挑戦し、あえて「つまずく経験」をさせて、切り抜ける力を養うべきです。
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勉強が苦手な子: 日々つまずきと戦っています。そのつまずきに対して「どうにか工夫して乗り越えよう」とするプロセスそのものに、大きな意義があるのです。
森さんの文章のおかげで、私は勉強が苦手な子たちにも、自信を持って「今、あなたが机に向かっていること自体の素晴らしい価値」を伝えられるようになりました。
問題集に出ていた作品は、探しても見つからなかったのですが、森さんの人生における哲学が良く表れている本が見つかりましたので、よろしければこちらを見てみてください。
勉強の嫌いな人間も多いだろうが、勉強そのものを目的と考えれば、それはかえって、友人関係なんかより単純といえる。相手の気持ちを考えたり、感情を含めてのやりとりに気をつかうなんて、とてもややこしいことだ。それよりは、勉強のほうがずっと単純である。
森毅『まちがったっていいじゃないか』より引用
勉強は単純で簡単なもの。人間関係を築くことの方が複雑で難しいもの。というのが京都大学を出られた森さんの考えのようです。
そういう意味では、勉強をすることはもちろん大切ですが、勉強をするだけで人間関係を築くことを避けているようでは、将来複雑なことを面倒くさがってやろうと思えなくなってしまったり、勉強が複雑で難しくなってきたときに、その複雑さが原因で勉強が一気に嫌いになってしまうかもしれませんね。
ぼくは、目的に向かって一直線というよりは、多少は目的に達するのがおくれても、適当にわき道に入り、その道草を楽しんでいて、結果的には目的に達してしまうほうが、結局は楽しくて得ではないかと考えている。目的に達するコースが短いより、途中にいろいろとややこしい挿話をはさんだほうが、楽しい道行きになりそうに思うのである。
それは、あまりきっぱりしてはいない。いろいろと、面倒な気をつかうこともある。道に迷わないようにせねばならない。しかし、それ自体が楽しみになりうる。目的をとげた楽しみより、むしろ深みのある楽しみになる。
森毅『まちがったっていいじゃないか』より引用
入試に合格するためだけの勉強になってしまうと、寄り道をする余裕がなくなってしまいます。
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英単語を覚えたら、ゲームのキャラの必殺技の意味がわかった!
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好きな洋楽の歌詞の意味がわかるようになった!
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百人一首大会で優勝できた!
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パズルゲームがスラスラできるようになった!
そんな色々な寄り道をしてほしいなと思います。
その寄り道をするために、学校の勉強を少し先取りして余裕を持たせるのが塾の役割です。塾での勉強中でも、学校での勉強中でも、教科書や資料集を読んでいるときでも構わないので、みなさんがステキな寄り道が出来ることを願っています。
テクニックの、その先へ
国語の文章には、本当にたくさんの宝物が詰まっています。
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物事をより深く考える力
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数十年の先を見越した筆者の先見の明への驚き
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何十年、何百年経っても変わらない人間の普遍的な価値観
これらに触れ、思いを馳せることこそが、国語を学ぶ最大の素晴らしさです。
もちろん、塾として「テストで点数を取るためのテクニック」は妥協なく徹底的に教えるつもりです。
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設問に合わせて適切な記述を作る記述力
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選択肢の根拠を本文から見つけ出す視点
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効率よくスピーディーに解く解法
これらプロとしての技術は、これからも磨き続け、全力で生徒たちに伝えていきます。
しかし同時に、勉強を通じて「つまずいた時に、自分なりの工夫を凝らして、泥臭くても一歩前に進む力」を身につけてほしい。それこそが、彼らが大人になって社会に出たとき、最も役に立つ一生ものの武器になると信じているからです。
今日も、目の前の一文に込められた想いを大切にしながら、生徒たちと温かく、そして深い授業を作っていきます!


