【ニュースで知ろう!】私たちの身近にいる外国人(後編)
みなさん、こんにちは!進学塾ライトアップ、代表の西川です。
土曜日はたくさんの生徒さんが教室を利用してくれました。本日、日曜日も朝10時から教室を開けますので頑張りましょう! みなと・日比崎・栗原のみなさん、定期テスト頑張ってください!
今回は、私たちの身近にいる外国人について、3年前に書かせてもらった記事の続きの内容になります!
この3年間で色々なことがありました。新しい法律についてまとめる必要もあるし、世間で話題になっているニュースを一方からだけではなく、色々な面から紹介したいなと思っているうち、子育てや塾の仕事に追われて、調べるためのまとまった時間がとれず、ずるずると更新を後回しにしておりました・・・。
ですが、この度一部AIの力を借りることで、後編がようやく完成しました!
前回はこちらでした。
さて、不安に思っていたみなさんもいらっしゃったかもしれません。
「あれ?西川先生、もしかして後編をアップするの忘れているんじゃないの?」
前編をリリースしてからずいぶんと時間が経ってしまいましたので、むしろ存在を忘れていてた人が大半ですよね苦笑 その間、世界も、そして私たちが住むこの日本も、大きく姿を変え続けています。
前編では、私が大好きなマンガ『図書館の大魔術師』のシオの言葉を借りて、「知らないものを知ることで、世界は輝いて見えるようになる」というお話をしました。
後編では、今の日本で起きている、これから起こるであろう「重くて避けられない現実」と、私たちがどう向き合うべきかについて、改めて『図書館の大魔術師』の一部を引用しながら、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。
「想像力」を放棄した場所で起きた悲劇
「知らないものを恐れる」という本能。これが、個人の感情を超えて「国のシステム」として動いてしまったとき、取り返しのつかない悲劇が起きることがあります。
みなさんは、ウィシュマ・サンダマリさんという名前を聞いたことがあるでしょうか。2021年、名古屋の入管(入国管理局)の施設で亡くなったスリランカ出身の女性です。
彼女は施設の中で体調を崩し、何度も「病院に行きたい」「救急車を呼んで」と訴えていました。しかし、施設の職員たちは彼女の訴えを「嘘をついている(仮放免してもらうための演技だ)」と決めつけ、適切な治療を受けさせないまま、彼女が苦しむ様子を半ばからかいながら放置したのです。
当時はその時の監視カメラの映像も流れていたのですが、体がぶるぶるとけいれんを起こしながら助けを求めるウィシュマさんを見殺しにした映像はかなりショッキングなものでした。
そしてここから、不法滞在とされる外国人を拘束し、人権を無視している・・・ように見えている入管の行いは、本当に正しいのかという議論が巻き起こり、その議論は現在も続いています。
カテゴリーで見るか、一人ひとりの「個人」を見るか
最近、ニュースやSNSで「クルド人」という言葉をめぐるトラブルを目にすることが増えました。クルド人というのはトルコ・イラン・イラク・シリアなど、複数の国にまたがる山岳地帯出身の移民のことを指します。

https://www.y-history.net/appendix/wh1703-092.htmlより引用
独自の文化・風習を持っており、その国の社会になじむことを拒み、時に政府や住民と対立をして、国によってはテロ組織認定をされてしまうこともあるそうです。
『紛争でしたら八田まで』というマンガの16巻、17巻の中でも、「国を持たない最大の民族」とも紹介されており、移民大国スウェーデンでもいくつかのトラブルがあったことが描かれていました。
SNS上では、一部の摩擦をきっかけに、「あの人たちは怖い」「ルールを守らない」、それ以上の、差別ともとれるような極端な言葉がネット上に飛び交っています。
特に、クルド人が1000人以上住んでいると言われている埼玉県川口市では「外国人が住みにくい街を作ろう」を公約に掲げた候補者が立候補するなど、社会から排除しようとする風潮も少なからずあります。
果たして、近隣住民から嫌われているとされるクルド人は、全員が悪人なのでしょうか? 嫌っている近隣住民というのは、何%くらいの人なのでしょうか? また、物事を単純化して、日本人・クルド人・住民など、「属性」だけで見るようになると、トラブルの見え方がどんどん現実から離れていくように思うのですが、どうでしょうね?
「正義」と「正義」がぶつかる場所で
ここまでで、「外国人の人はみんな被害者でかわいそう!」と思った方もいるかもしれません。ですが現実はもっと複雑です。
前編でも触れたように、過酷な技能実習の環境から、仕方なく逃げ出し不法滞在者になってしまった外国人もいます。なぜわざわざ日本に残るのか。日本に来るために、わざわざ借金をして渡ってきているから、簡単に帰国する訳にもいかず、生きるために仕方なく不法滞在をしたり、犯罪に手を染めてしまったりするケースもあるようです。
異国の地になじめないため、まともな仕事に就きたくてもつけず、結果として犯罪に加担することになり、それが地域の治安悪化を招いているという指摘も事実としてあります。
では、こんな風になってしまうのは、外国人の方の100%の自己責任でしょうか? 罰するべきなのは不法な外国人ではなく、この国の外国人受け入れ政策そのものだと考え、デモに参加したり、法改正を訴える人もいます。
一方で、入管に入れられ、強制帰国を待つ外国人の中には、反省もせずに多くの犯罪を犯した人や、難民申請を出し続ければ不法な状態のままでも長い期間日本にいられるという(当時の)制度の穴を悪用していた人もいるでしょう。彼ら全員がか弱くて可哀そうな外国人、という訳ではないでしょう。
もちろん、ルール上は、「不法」滞在ということなので、100%悪いことなのですが、本当にルールを犯した全員が帰国するべきなのか、そこには汲んであげるべき事情は一切ないのかは、簡単に決断を下して良いものではないと思います。
クルド人問題にしても、SNSで攻撃する人たちだけでなく、文化の違いによるすれ違いを乗り越えて、同じ地域で温かい交流を続けている日本人の方々もいますし、クルド人の中にも日本のことを気に入って、日本社会に溶け込もうと努力している人もいるはずです。
そしてもちろんその一方で、クルド人たちに悩み「子どもを公園で遊ばせられない」「病院の前で騒ぐから救急車が病院に入れない」「深夜に大騒ぎするから安心して眠れない」と苦しんでいらっしゃる地元住民の方々もいるはずです。実際、地元住民に対して、悪意を持って不誠実な態度を取り続けているクルド人もいるでしょう。
さて、あえて賛成・反対どちらの意見も入り混じるような形で、バラバラに列挙させてもらいました。このように、「日本という異国の地で頑張る外国人の方々を応援したい。」という気持ちが「正義」だとしても、「安心な暮らしを守りたいからよそ者は来ないでほしい」と切実に願う地元住民の方々の気持ちもまた、無視してはならない一つの「正義」です。
どちらかが100%正しくて、どちらかが100%間違っている、なんてことはありません。
そんな中でも、関係者は寄り添うか突き放すのか、無関心を装うのか、何かしら決断を下さなければいけません。「外国人」「クルド人」などと属性でひとくくりにして、全員に同じルールを適用するだけで解決できるほど簡単な話ではありません。しかしその中でも、現状のルールはしっかりと守る・守らせるべきであるからこそ、この問題は難しいのです。
入国管理法の改正:ルールと命の狭間で
では、改めてその「ルール」というものを確認しておきたいと思います。
前編で、私は外国人技能実習制度について「素晴らしい制度に見えるけれど、実態は現代の奴隷制度とも呼ばれる問題を抱えている」とお伝えしました。
この「建前と本音」の溝を解消し、より安全で公正な社会を作るために、2023年から2026年にかけて日本の入管法(出入国管理及び難民認定法)は歴史的な大改正の時を迎えています。
まず、2023年(令和5年)の改正では、長年の課題だった「送還忌避(そうかんきひ)問題」にメスが入りました。これまでは、日本から退去すべき理由がある人でも、難民認定の手続き中であれば何度でも送還をストップすることができました。これを悪用して申請を繰り返すケースが相次いだため、改正後は「3回目以降の申請」については、相当な理由がない限り送還が可能になりました。
ルールを守らなければ、日本にいられないというのは、厳しいという意見もあるかもしれませんが、私たちの社会を守るためには仕方のないことですよね。
一方で、紛争地から逃れてきた人々を確実に守るための「補完的保護対象者」という新しい認定制度も作られました。これは、難民条約の厳しい条件には当てはまらなくても、ウクライナ避難民のように、人道的に守るべき人々を日本が正式に「保護すべき人」として受け入れるための仕組みです。
そして、皆さんに最も身近な変化となるのが、2024年(令和6年)に成立した「育成就労制度」の創設です。
これまで続いた「技能実習」は、名目的には「途上国への技術移転(国際協力)」でしたが、実態は人手不足を補うための労働力として利用されてきました。この矛盾が、転籍(転職)の自由がないことによる人権侵害や失踪といった問題を生んでいたのです。
新しい「育成就労制度」では、ついに「人材確保と育成」を目的として明文化しました。つまり、「労働力として来てもらう」という本音を、国が正式に認めたのです。この制度では、一定の条件(日本語能力や技能、同一企業での1〜2年の就労)を満たせば、本人の希望による転籍も認められるようになります。これは、前編で触れたような劣悪な環境から外国人を守るための、大きな一歩です。
さらにこの制度は、前編で紹介した「特定技能1号・2号」へとスムーズに繋がるように設計されています。単なる「期間限定の助っ人」ではなく、日本で技能を磨き、試験に合格すれば、「特定技能2号」として家族を呼び寄せ、無期限で日本に住み続ける道が開かれたのです。前編でも触れたように、尾道・三原・福山のあたりは製造業の企業が多くあるので、・・・と思ってAIに聞いてみました!
| 都市名 | トレンドと特徴 |
| 福山市 | 備後圏域で最も多くの外国人が居住しています。2015年から2020年の5年間で約48.7%増加し、2024年時点でも増加が続いています。ベトナム出身者が最も多く、次いで中国、フィリピンと続きます。 |
| 尾道市 | 増加率が非常に高いのが特徴です。2014年を基準とした指数では、2023年時点で約2.2倍にまで膨れ上がっており、圏域内でもトップクラスの伸びを示しています。 |
| 三原市 | 人口全体に占める外国人の割合が約3.7%(2026年時点)と、近隣自治体の中でも高い水準にあります。特に20〜30代では「6人に1人が外国人」という状況にあり、若い世代の増加が顕著です。 |
AIに作ってもらったデータなので、完全に信用するのは微妙(みんなもネットの数字をそのまま信じちゃダメだよ!)かもしれませんが、広島県東部はこのように、ここ10年くらいでどんどん外国人の割合が増えているようです。全国平均でみると、だいたいここ10年での外国人の増加は1.1倍程度のようですが、尾道はなんと2.2倍です!
今後私たちの身近で、私たちと同じように暮らす外国人の方々の姿が多くみられるようになるかもしれませんし、塾にやってくる外国人の生徒さんも増えてくるかもしれませんね。いざ、SNS上やテレビの中で起きていた地元民VS外国人の対決が自分のすぐ近くでも起こるかもしれないと考えると、ちょっと緊張感が走りますね。
ということで、制度の改正の影響か、特にこの地域では外国人が増加しているようですが、ルールが厳格になる一方で、課題も残ります。永住資格を持つ人が、故意に税金や社会保険料を支払わない場合に、資格を取り消すことができる「永住許可制度の適正化」も法律の中に盛り込まれました。これには「外国人への監視が強まりすぎる」という批判の声もあります。
国を守るための「ルール」の強化と、共に生きる隣人の「人権」の保護。この2つは、時に激しくぶつかり合います。私たちに必要なのは、法改正のニュースを「数字や制度」として見るのではなく、その向こう側にいる「一人ひとりの顔」を想像しながら、最善の道を考え続けることではないでしょうか。
「知る」ことの先にある「対話」をあきらめない
私がブログを書いていなかった3年間の間に、外国人労働者をめぐる法律が大きく改正され、状況が変わりました。そして、今後ますます、日本の人手不足を補うために、外国人の方が日本に連れてこられることになるでしょう。そして、色々なトラブルが起こるでしょう。
AIが何でも答えてくれる2026年の今、SNS上で対立する2つの主張があったとしても、AIが気を利かせて、私たちが目にしたい一方的な情報ばかりを見せてくれます。
その結果、偏った意見を「世間のみんなの共通認識だ!」と勘違いして、さらに攻撃的になっている人もいるでしょう。私たちは自分と似た意見ばかりを目にし、違う意見の人を「敵」だと決めつけがちです。でも、それでは分断された悲しい未来に向かってしまうかもしれません。
大事なのは、一度知っただけで分かったつもりにならないこと。そして、対話を止めないことです。
ということで、最後は私の大好きなマンガ『図書館の大魔術師』第4巻、第5巻、第6巻の話で締めたいと思います。(いよいよ、来月には最新第10巻が発売されるということで、楽しみで仕方がありません!)第4巻からは司書見習い編ということで、主人公のシオが中央図書館で様々なことを学びながら成長していく姿が描かれます。
次期総代候補との出会い、敵の急襲、教育の難しさなど、色々なテーマが描かれているのですが、中でも特に印象的なエピソードが「他者を理解する」ということです。ここでいう他者というのは、主に異文化・異教徒・異なる価値観を指します。
主人公のシオや、担任のイシュトア先生と出会い、衝突しながら大きく成長していく、メディナ=ハハルクという問題児の生徒がいます。
この生徒が、まぁ嫌なヤツだったんです。

主人公のシオは、前の大戦で虐殺されたホピ族という種族(エルフみたいな種族)と、その虐殺を行ったヒューロン族(人間のような見た目の種族)の混血で、周りのみんなと比べて特徴的な見た目をしているのですが、そんな主人公に対して、メディナは言ってはいけない最大限の侮辱の言葉を投げかけてしまうんです。
ホピ族を差別してはならないというのは、作中世界の「常識」なので、ここまであからさまな差別をするメディナに対して、仲間たちは大きく失望します。この事件以降、メディナは周りのみんなから「やばいヤツ」認定されてしまいます。
ただし、これは彼女に差別意識があるというレベルの話ではなく、彼女の一族が信仰する宗教の教えによるものでした。生まれたときから徹底的に教え込まれている。だからこそ、この差別意識は相当に根深いんです。

それに加え、彼女は名家の出身ということで、プライドも高く、他の見習いのことも、時には先生でさえも、見下してしまいます。
ところが、そんなメディナでしたが、周りの見習い司書たちみんなが優秀なこともあって、自分が嫌っているシオとともに、落ちこぼれ組になってしまいます。
自分が「下等」だと思っているヤツと同列だと見なされるし、自分の考えを否定されるし、勉強もついていけないし・・・メディナは次第に司書を辞めたくなっていき、さらに心が荒んでいきます。
周りも周りで、問題行動ばかり起こす上に、勉強も大してできないメディナに対して、「あんなやつ、早く辞めてくれないかな」となっている最悪な状態です。
まずここで、担任であるイシュトア先生が、メディナのことをあきらめかけている周りの先生たちを諭すシーンが印象的でした。

「人の気持ちというのは、その人にとっては一緒に歩んできた人生の一部なんだから、それを変えることなんて、簡単なことじゃない。」
「そもそも、絶対的な正義なんてものは存在せず、それはただの流行に過ぎない。絶対的正義の妄信は他者への矯正につながる。他者を自分にそろえようとする行為は、差別と本質的には大差ない。」
前半はすぐに理解できると思うのですが、興味深いのは後半ですよね。イシュトア先生は、メディナの持つ差別意識を、正そうとする周りの行為そのものへの疑問を投げかけます。
少しかみ砕いて話すと、「差別をしている子に『差別をしちゃダメ!』と強引に教えることは、差別をしていることと大差ない」とイシュトア先生はおっしゃっているんです。
1回聞いただけだと「は?なんで??」となりますよね?「え?先生は差別賛成!」って教えるってこと!?と思ってしまいますが、言いたいのはそこではありません。
「自分の価値観が絶対に正しい」という考えが「相手の価値観は間違っているから、正しい私が直してあげよう」という考えにつながり、これが行き過ぎてしまえば「あいつは私の持っている正しい価値観を理解できないから排除しよう」となってしまい、歴史上ではその悲劇が繰り返されてしまっていることを説いているんです。
たしかにそうですね。世の中には正しさの押し付け合いによって生まれた衝突が数多くあります。
だから、「外国人が嫌いだ!」という考えも、「外国人を排除しようとする人が嫌いだ!」という考えも、一方の人が他方の人を説得するのは簡単ではありません。考え方というのは、その人がこれまで歩んできた人生の一部ですから、たとえ世間的に見ると間違った考え方のように見えても、「直してあげよう」で簡単に直るものではないということです。
しかも、イシュトア先生の言葉を借りれば、そもそもどちらか一方だけが正しいかといえば、そんなことはないんです。それはただ、今の時代のみんなが受け入れている「流行」に過ぎない。
例えば、「大学を卒業しないとまともな暮らしが出来ない」、「子育ては親がやるべきもの」、「野球は9回までやらなければいけない」、「お金はキャッシュレスよりも現金の方が安心」、「学校にはきちんと毎日行かなければいけない」・・・これらの考え方は、あと数十年もすれば当たり前ではなくなっているかもしれません。
だから、「正しさ」を相手に教える場合は、もっと慎重にならないといけないのかもしれませんね。


「意見を完全に合わせる必要はない。意見が対立しても、自分の半分を相手に差し出し、相手の半分だけを認めてあげればいいのではないか? それならきっとできる。」
イシュトア先生の考えは素晴らしいと思います。お互いがお互いの譲れないところは譲らないまま、自分の一部を相手に認めてもらい、代わりに相手の一部を認めてあげる。
そんな、100%ではなく少しだけ、少しだけでいいから相手に歩み寄る姿勢というのが大切なんだということです。自分の信条を変える必要はない、相手を完全に正してあげる必要もない、少しの歩み寄りが大切。これは人間関係全般に言えることですよね。
そして・・・、数多くの衝突を経験し、大きな挫折を経験したメディナは、自分の思想は変えないまま、少しだけ歩み寄りました。
怒りに任せて壊してしまったものをきちんと自分で修復し、シオと一緒に(同じ机で並んでいるだけで決して心を許してはいませんが、)課題に真剣に取り組み、なんとか課題を時間内にこなせるまでになりました。
その結果・・・

思わず嫌っていたシオとハイタッチ!
からの・・・

イシュトア先生の熱いハグ!!
ということで、このシーンはものすごく胸が熱くなるシーンです。(イシュトア先生は本当に良い先生!私の心の師匠です。)
この後、最新9巻では、運動も勉強も、超ハイレベルな仲間たちの中ではついていくのに精いっぱいなメディナの、ある才能が開花しそれはそれですごくぐっとくるシーンがあるのですが、それはまた別の機会に。
まとめ
ということで、まとめていこうと思います。
前回も今回も『図書館の大魔術師』を引用してしまいました。この作品には妖精や獣人や竜人といったファンタジーの世界の住人も多数登場するのですが、そんな多くの種族を登場させて伝えたいことの1つが、「異文化理解」です。だからこそ、外国人問題を生徒の皆さんにしっかりと理解してもらうためには、うってつけの教材だと思っています。
種族に対する偏見や差別を乗り越えるという意味で似ているのは、ディズニー映画の『ズートピア』でしょうか。こちらももちろんおすすめです。
これからさらに増えていくであろう外国人のことを考えると、自分の思想的に外国人が好きではない人も、これらの作品を通して、完全に心を入れ替えるなんてことはしなくてもいいので、困っていたら声をかけてあげる程度でもいいので、少しだけ歩み寄る道を模索しても良いと思います。
塾での勉強は、単にテストで点を取るためだけにあるのではありません。塾で長時間勉強をしていれば、自分の行動が相手にとって迷惑になることもあるし、迷惑になると予想できるなら、しっかりと相手に配慮をすることも大切です。一方で、嫌なことをはやめてほしいと伝えることも大切ですよね。 自分とは違う背景を持つ誰かと出会ったとき、少しだけ歩み寄る。それも立派な「異文化理解」の1つです。ただ塾で勉強しているだけでも、そんな勉強だってできるのではないかと思います。
ぜひ、図書館の大魔術師を読むために、目標に向かって勉強を進めるために、今日も一緒に塾で頑張りましょう!!


